書評:『貧困の終焉』

貧困の終焉―2025年までに世界を変える

貧困の終焉―2025年までに世界を変える


http://:title=「これは、私たちが生きているあいだに世界の貧困をなくすことについて書かれた本である。何が起こるのかを予想するのではなく、何ができるのかを説明しているだけだ。現在、世界で毎年、800万人以上の人びとが、生きていけないほどの貧困のなかで死んでいる。私たちの世代は2025年までにこのような極貧をなくすことができる」


 本書はこのような力強い一文から始まっている。


 経済発展を梯子にたとえ、その段を上がることが経済的な幸福につながると考えるなら、世界中でおよそ10億人−−全人類の6分の1−−が現在「極度の貧困」の状況にあるといえる。筆者は貧困を、極度の貧困(絶対的貧困)、中程度の貧困、相対的貧困の三つに分類する。極度の貧困とは生存するのに最低必要なものを得られない状態をいう。長期にわたって飢えに苦しみ、必要な医療が受けられず、安全な飲料水や衛生設備をもたず、子どもたちは十分な教育が受けられず、住む場所も最低限の条件を満たしておらず、靴や服のような生活必需品さえない。中程度の貧困や相対的貧困とちがって、極度の貧困は開発途上国にしか存在しない。中程度の貧困とは一般に、基本的な要求は満たされているものの、少しの余裕もないぎりぎりの状態をさす。相対的貧困は、一家の収入がその国の平均よりも低い場合をいう。


 世界銀行がこれまで長いあいだ、世界における極度の貧困の人数を算出するのに用いてきた基準は、購買力平価で計算して一人当たりの一日の収入が1ドル以下というものである。また、一人当たりの日祝が1ドルから2ドルまでを中程度の貧困としてきた。
 この基準によれば、2001年には世界のおよそ11億人が極度の貧困状態にあり、1981年の15億人よりも4億人減少している。さらに2001年のデータによれば、地球上の極度の貧困は、実に93%が三つの地域に集中している。東アジア、南アジア、サハラ以南のアフリカである。1981年以来、極度の貧困の数は東アジアと南アジアでは減少しているが、サハラ以南のアフリカでは増加している。また中程度の貧困は、東アジア、南アジア、サハラ以南のアフリカが突出しており、全世界で16億人といわれる中程度の貧困の87%を占めている。




 経済成長のとくに厄介な部分は、梯子のいちばん下の段に足をかけることである。世界の所得分布の最下層におかれた家族や国家は、その一歩がなかなか踏み出せない。バングラデシュやインドのように開発の梯子にすでに足をかけた国々は、なんとか上昇できる(もちろん、その道は平坦ではないであろうが)。私たちの世代がなすべきことは、最低ラインにいる人びとが極度の貧困から抜けだして経済開発の梯子を自力で昇れるように手を貸すことである。この意味で、貧困の根絶は極度の苦しみを終わらせるだけでなく、同時に経済的な発展をスタートさせ、経済成長にともなう希望と安心感を与えることも目標となる、と筆者はいう。したがって筆者のいう「貧困の終焉」は以下の二つのことを意味する。一つは、極度の貧困にあって生存のために毎日闘っている全人類の6分の1の苦しみを終わらせること。二つめは、中程度の貧困も含めた世界中の貧しい人びと全員に、開発の梯子を昇れるように機会を与えることである。


 筆者によれば、極度の貧困を撲滅することは可能である。しかし、その成否は我々がすぐ目の前にある歴史的なチャンスをつかめるかどうかにかかっている。2002年に国連に参加する191ヶ国が全員一で採択・署名した国連ミレニアム宣言に基づき、ミレニアム開発目標MDGs)は八つの目標を掲げている。以下にその目標を記す。


1. 極度の貧困と飢餓の撲滅

ターゲット1:2015年までに1日1ドル未満で生活する人口比率を半減させる。
ターゲット2:2015年までに飢餓に苦しむ人口の割合を半減させる。


2. 普遍的初等教育の達成
ターゲット3:2015年までに、全ての子どもが男女の区別なく初等教育の全課程を修了できるようにする。


3. ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上
ターゲット4:初等・中等教育における男女格差の解消を2005年までには達成し、2015年までに全ての教育レベルにおける男女格差を解消する。


4. 幼児死亡率の削減
ターゲット5:2015年までに5歳未満児の死亡率(乳幼児死亡率)を3分の2減少させる。


5. 妊産婦の健康の改善
ターゲット6:2015年までに妊産婦死亡率を4分の3減少させる。


6. HIVエイズマラリアその他疾病の蔓延防止
ターゲット7:HIVエイズの蔓延を2015年までに阻止し、その後減少させる。
ターゲット8:マラリア及びその他の主要な疾病の発生を2015年までに阻止し、その後発生率を下げる。


7. 環境の持続可能性の確保
ターゲット9:持続可能な開発の原則を各国の政策や戦略に反映させ、環境資源の喪失を阻止し、回復を図る。
ターゲット10:2015年までに、安全な飲料水と基礎的な衛生施設を継続的に利用できない人々の割合を半減する。
ターゲット11:2020年までに最低1億人のスラム居住者の生活を大幅に改善する。


8. 開発のためのグローバル・パートナーシップの推進
ターゲット12:開放的で、ルールに基づいた、予測可能でかつ差別のない貿易及び金融システムのさらなる構築を推進する。
ターゲット13:最貧国の特別なニーズに取り組む。
ターゲット14:内陸国及び小島嶼開発途上国の特別なニーズに取り組む。
ターゲット15:国内及び国際的な措置を通じて、開発途上国の債務問題に包括的に取り組み、債務を長期的に持続可能なものとする。
ターゲット16:開発途上国と協力し、適切で生産性のある仕事を若者に提供するための戦略を策定・実施する。
ターゲット17:製薬会社と協力し、開発途上国において、人々が安価で必須医薬品を入手・利用できるようにする。
ターゲット18:民間セクターと協力し、特に情報・通信分野の新技術による利益が得られるようにする。


現在、これらの目標はどれだけ達成されているのだろうか。
MDGsの中間年に当たる2008年に発表された「国連ミレニアム開発目標報告2008」によれば、下記の項目については「そのほとんどについての期限である2015年までに達成できる見込み」とのことである。これは素晴らしいことであり、率直にこの大規模プロジェクトの成果を評価すべきところだろう。特に「絶対的貧困を半減させる」という最大の目標に達成のめどが立っていることは大きな成果である。

絶対的貧困を半減させるという総合的な目標は、世界全体として達成のめどが立っている。
・2つの地域を除き、小学校就学率は90%以上に達している。
・10地域のうち、最も人口の多い地域を含む 6つの地域で、初等教育ジェンダー平等指標(Gender Parity Index)は 95%以上となっている。
・はしかによる死者は2000年の75万人から 2006年には25万人へと激減し、開発途上国では子どもの約 80%がはしかの予防接種を受けるようになった。
エイズによる死者は2005年の220万人から2007年には200万人へと減少し、新規感染者数も2001年の300万人から2007年には270万人へと低下している。
サハラ以南アフリカでは、5 歳未満の子どもの間で殺虫剤処理済みの蚊帳の利用が広がり、マラリア予防が普及してきた。20カ国のうち16カ国で、2000年頃から蚊帳の使用が3倍以上に伸びている。
結核罹患率は、目標期限の2015年までに頭打ちとなり、減少をはじめるものと見られる。
・1990年以来、およそ16億人が安全な飲み水を利用できるようになった。
オゾン層破壊物質はほとんど使用されなくなったが、このことは地球温暖化対策にも役立っている。
開発途上国の輸出所得のうち、対外債務の返済に充てられる割合は、2000年の12.5%から2006年には6.6%へと低下したため、より多くの資源を貧困削減に回せるようになった。
・民間企業は開発途上地域全体で、一部の重要な必須医薬品を入手しやすくするとともに、携帯電話技術を急速に普及させた。


いっぽうで、下記の項目については2015年までの達成が困難とされている。

サハラ以南アフリカで、1日1ドル未満で暮らす人々の割合を目標どおり半減することは望み薄である。
開発途上国の子どものうち、4分の1は体重不足と見られており、栄養不良の長期的影響によって、将来が台無しになるおそれがある。
• 2005年の目標期限までに、小中高校での男女就学率の平等を達成できなかった113カ国のうち、2015年までに目標達成のめどが立っているのは18カ国にすぎない。
開発途上国で雇用されている女性のほぼ3分の2は、保護のない無給の家内労働者として、不安定な職に就いている。
開発途上国の 3分の 1では、女性が国会議員の10%に満たない。
開発途上国で母親なるはずであった女性のうち、毎年50万人以上が、出産時に、または妊娠の合併症により、命を落としている。
• 開発途上地域人口のほぼ半数にあたる約250万人は、改良型衛生設備のない状態で暮らしている。
開発途上国で増大を続ける都市人口のうち3分の1以上は、スラム環境で生活している。
• 国際的な取り組みの期限が設けられているにもかかわらず、二酸化炭素排出量は増大の一途をたどっている。
• 先進国の対外援助額は2007年、2年連続で減少しており、2005年の公約が実現しないおそれもある。
• 国際貿易交渉は予定よりも数年遅れており、何らかの成果が見られたとしても、開発型所得に対する当初の大きな期待を裏切る公算が高い。


これらの達成困難課題の中では「サハラ以南アフリカで、1日1ドル未満で暮らす人々の割合を目標どおり半減することは望み薄である」という項目が重要だろう。世界全体では絶対的貧困を半減させられそうであっても、サハラ以南のアフリカという世界の最貧地域においてはまだまだ絶対的貧困の削減が困難であるという現実が突きつけられるからである。同時に、「男女平等の確保」や「貧困層の住環境改善」「先進国の対外援助額の減少」などの問題には多くの課題が残されていることが分かる。特に「先進国の対外援助額の減少」については、08年後半に起きたリーマン・ショックから派生した世界同時不況の影響で、この数年はさらに対外援助額が減少したことが予想される。国連ミレニアム開発目標の達成度をさらに上げるためには、先進国からの対外援助を安定的に受ける必要があるが、この世界不況状況をいかにして乗り切るかが大きな課題となりそうである。


問題はこの「国連ミレニアム開発目標報告」が日本国内ではあまり認知さていないことにあるのではあるまいか。これは現在の世界に住む人すべてが真剣に関わるべき問題である。その認知度と必要性に対する理解を深め、ひとりひとりが何らかのアクションを起こすことが求められているのではないかと思う。