新入社員は何を欲望するのか?

公益財団法人 日本生産性本部「2010年度 新入社員 秋の意識調査」より。
http://activity.jpc-net.jp/detail/mdd/activity001012/attached.pdf

同調査によれば、「入社前に描いていたイメージと現在(配属後)の状況を比較し、「期待以下」、「期待通り」、「期待以上」の三者択一の質問をしたところ、「職場の人間関係の良さ」を「期待以上」とする回答が、4年間で過去最高(46.0%)となった」そうだ。これだけ就職難の時代で、多少自分の意志に反してでも会社を選んだ人が多かったであろう2010年度の新入社員たちの間では、期待と現状のミスマッチを感じている人が多いであろうと予想されていたのだが、あにはからんや、実際の意識調査では、入社半年後での満足度が過去最高でミスマッチが最も少なかったという結果が出たのだという。この結果をどう解釈すれば良いのだろうか?

最も考えやすいのは、就職難の時代であるからこそ、現在の雇用を守り抜きたいと彼らが考えており、職場環境に多少の不満があってもそれを抑えつけてしまっているのではないか、というストーリーである。若者が「保守化」「内向き化」しており、転職や起業に対して臆病になった結果、会社への不満を我慢してでも、現在の会社にしがみつこうとしているのではないか、ということだ。最近、年長者から若者への批判としてよく聞かれる意見である。そのことを裏付けるように、同調査の「自分のキャリアプランに反する仕事を、がまんして続けるのは無意味だと思うか」という問いに対し、「そう思わない」とする回答の割合は、06年の設問開始以来、過去最高(74.4%)となっている。

しかし、同じ調査のなかでは、若者の「保守化」「内向き化」という視点だけでは説明しきれない結果も出ている。給料の決め方に関して、「各人の業績や能力が大きく影響する給与システム」を希望する回答が05年からの減少傾向から一転、6年ぶりに増加に転じている(58.3%)。また、昇格に関して、「仕事を通して発揮した能力をもとにして評価が決まり、同期入社でも昇格に差が付くような職場」を希望する回答も、4年ぶりに増加した(65.8%)。これらの変化は、必ずしも若者が年功序列・終身雇用の復活を望むような守旧的「安定化志向」をもっているわけではないことを示している。

また「会社の運動会などの親睦行事は、参加したくない」に対して「そう思わない」とする回答が設問開始以来5年連続増加し、過去最高(83.7%)を更新したほか、担当したい仕事に関して「職場の先輩や他の部門とチームを組んで、成果を分かち合える仕事」を求める回答が過去最高(78.6%)となるなど、社内の人間関係を重視する傾向が強まっているとされる。これらの傾向は「若者が会社への不満を我慢してでも現状の職場に留まろうとしている」という解釈に問題があることを意味している。もし実際には若者が会社に不満を感じているのだとすれば、社内の人間関係に対する満足度が高まるとは考えにくいからだ。つまり、今年の新入社員の会社への満足度は「無理矢理に高められたもの」と捉えるよりも、「実際に純粋に高まっているもの」と捉えるほうが自然なのである。

以上の調査結果が意味しているのは「2010年度の新入社員は、自分が選んだ会社に高い確率で満足しており、職場の人間関係や社内行事に対しても好意的であるが、人事評価としては能力主義を望んでいる」という、一見矛盾するような現象である。この現象は、若者が保守化しているのかいないのか、という二項対立で捉えようとすると整合的に解釈することができないものである。確かに「今の会社に一生勤めようと思っている」という新入社員の割合が増えていることは、彼らのあいだで「安定性」を重視する傾向が強まっていることを示している。

ただし、それは単純に若者が「保守化」、つまり旧来的な価値観に回帰しているということではない。ここでいう旧来的な価値観とは、安定した収入と地位を得ることを第一義的な目的として働く・会社を選ぶ価値観のことである。現在の若者がもっているのは、おそらくそのような価値観ではない。もちろん「失われた20年」と呼ばれる長期不況と先行き不透明な社会状況の中で、彼らが安定した収入や雇用の地位をある程度重視していることは間違いないであろう。ただし、それだけでは「各人の業績や能力が大きく影響する給与システム」を希望する者の割合や「会社の運動会などの親睦行事に参加したい」とする者の割合が増えていることをうまく説明できない。

むしろこの調査結果が示しているのは、現在の若者が「安定した収入や雇用」を求めると同時に、「職場での有効な人間関係」や「会社というコミュニティへの所属」を強く求めているということである。このことがいわゆる旧来の価値観とは異なる点である。すなわち、現代の若者を理解するために重要な要素は、「保守化傾向」よりも「人間関係やコミュニティの重視」であると捉えることができる。さらにこれを「所属と承認への欲求」と言い換えてもよいだろう。

他方で彼らのなかで低下しているのは「会社から起業して独立したい」あるいは「フリーのアルバイトで自由に生きていきたい」と思う者の割合である。つまり、彼らのなかで強まっているのは「多少は不自由でも会社というコミュニティに所属したい」「個人的自由を追求するよりも仲間と成果を分かち合いたい」という欲求であると考えられる。このことは、若者が現在の職にしがみつきたがいがために意志を曲げてでも職場の人間関係や行事に付き合っているということ――かつての「社畜」的あり方――ではない。むしろ、純粋に彼らのなかで「コミュニティや人間関係への欲求」、あるいは「所属や承認への欲求」が高まっていると捉えるべきなのである。



このことを有名な「マズローの五段階欲求説」を用いて説明するならば、現在の日本は(5)自己実現の欲求の段階よりも(3)社会的欲求や(4)自我の欲求の段階にあると捉えるのが適当だということである。(3)社会的欲求とは「帰属と愛情に対する欲求」であり、(4)自我の欲求とは「自尊心に対する欲求および社会的地位や評判に対する欲求」のことであるから、この二つの欲求は「所属と承認に対する欲求」であるとまとめることができる。



1990年代の日本では「フリーター」や「起業」が会社に縛られない自由な働き方であるとして持て囃されていた。しかし、2000年前後の「就職氷河期」以降、格差社会ワーキングプア・ロストジェネレーションなどの用語とともに、かつて「会社に縛られない自由な働き方」を選択した元若者たちが、現在では経済的に困難な状況に陥り、人間関係やコミュニティ所属においても孤立した状況に置かれていることがメディアを通じて繰り返し報道された。2010年には「無縁社会」をテーマとしたドキュメンタリーがNHKで放送され、大きな話題を呼んだ。


このような状況を受けて、現在の若者たちが選んだ価値観が「安定した収入と雇用」に加えて「所属と承認」であったことは自然な流れであるといえる。このような若者の価値観は、若者が「保守化」「内向き化」している、という年長者による説教的視点からでも、「自由な生き方を恐れている・臆病になっている」といった個人主義的価値観からの断罪でも解釈できないものである。現在の若者のあいだで生まれているのは、個人的自由よりも「所属と承認」を求める新しい価値観だと解釈すべきなのである。